2019年10月24日

ファイアーエムブレム 風花雪月 感想その2

 雑感の続き。以下も全部ネタバレ。

やっぱり支援会話
 振り返って、やっぱり支援会話のクオリティアップありがとうありがとう(2回目)。キャラ同士をキャッキャウフフさせるだけの会話ではなく、その端々に彼らの置かれた立場や社会情勢や世界の歴史といった背景がちゃんとにじみ出ている。逆か。そういうきっちり描かれた背景の中に個々の人の営みがある。

 支援会話で突然歌い出したのはびっくりしたなあ。レア様のナバテアの歌みたくメインシナリオの要所ならともかく(といっても、思わせぶりに出しておいて、その後あの歌の由来等は特に語られなかったけど)、支援会話みたいな枝葉の部分でまでちゃんと作詞作曲して歌わせるとは……アネットの歌とか、どんなオーダーだったんだろうとちょっと想像してしまう。
 個人的にマヌエラ周りの歌イベントが好き。フェルディナントは彼女の歌劇に触発されて剣を取り、ローレンツは自作の詩を歌われて詩に込めた思いを再確認する。
 歌だけでなく、イグナーツにとっての絵や、アッシュやイングリットにとっての本……そういったものが、あの世界に生きる人々のささやかな楽しみや生きがいになっている様子、何かじんわりうれしくなる。ここまでゲームで描いてくれるかと。

 次の支援会話はもう少し演出の自由度が上がるといいなあ。引っ立てられた罪人が裁く側と立ちモーションで対峙してたり、瀕死で起き上がることもままならない人が立ちモーションでべらべらしゃべってたりするのはちょっと。
※あと支援会話じゃないけど、スチルももうちょい気にかけていただければ……。


プレイヤーに阿ることなく
 それからもう1つだけ。鬱シナリオとも呼ばれたけれど、他学級の生徒たちが第2部で敵として立ちはだかり、その時点で救う手立ては(一部の例外を除いて)ないこと。ことに級長は三人が並び立つことは決してなく、直接手にかける場面もある。誰かを選べば誰かを失う。

 ゲームでそれはないわー、って思ってた。映画や小説と比べて、登場人物への思い入れが強くなりがちだから。プレイヤーの望むように選べる、変えられるのがゲームなんだからと。実際、ノーマルエンドで死亡した主人公や味方キャラがトゥルーエンドでは生き残る、みたいな仕掛けは多い。だから風花雪月も、最初は隠しルートや追加コンテンツで三方丸く収まるハッピーエンドが用意されているんじゃないかと思ってた。ifの透魔編のように。

 でも青ルート終盤で、それはありえないと悟る。ディミトリのさしのべた手をエーデルガルトが取ることはないし、その後の赤ルートでエーデルガルトがディミトリに手をさしのべることなく斬るところまで確信した。そして、プレイヤーの憐憫でそれを曲げて両者に手を取らせてはならない、とまで。
 それはやはり、そこまでのシナリオ、描写あってのことで。イベントや支援会話できっちり一人一人を描いてきたからこそ、そうとしか思えなくなる。ここまでプレイヤーに阿ることなく貫いてくれたことが、実は一番のありがとうありがとう、かも。

※何だかんだで、王子と皇女の関係は自分のツボなんだなと。互いに不可欠でありながら並び立たない、相容れない存在。相対的にクロードかすみまくり。1周目が黄ルートだったらまた違ったのかなとも思うので、何年かして記憶が薄れたら今度は黄ルートからだな。(まだやるのか)

 ……ここまで言っておいて、シーズンパスの追加シナリオで三方丸く収まるエンド来たらかなり恥ずかしいけどw 信じて待ちつつ、見ていない外伝や支援会話掘りのためにスカウト解禁パワープレイ続けます。
posted by 築城 at 12:14| 感想